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2009/02/06

「悪人」 吉田修一

悪人悪人
(2007/04/06)
吉田 修一

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★★★★

実はずっと前に一度読みかけたものの、返却期限が来てすぐに返してしまった本ですが、今回は、勢いに任せてほぼ一日で読みきりました。
ただ、感想をまとめるのに時間がかかりました。
心にいろんな感情を巻き起こして、嵐のように通り過ぎ、読み終えて数日経つ今も整理が付かないでいます。

物語は、若い女性が殺され、その加害者の男が捕まるまでを追い、まさに実際に起きた事件のノンフィクションを読むかのようでした。
被害者、加害者、その家族や周囲の人々のそれまでの暮らしぶりと、その事件が起きてからの状況が克明に描かれています。
そして、被害者・加害者をどう思っていたか、事件をどう思うかという知人らのインタビュー調の独白も折り挟まれ、それぞれの視点の違いが浮き彫りにされます。

舞台は福岡・長崎・佐賀などなじみのある地域で、この物語が余計にリアルに感じられました。

※続きはネタバレしている箇所があります。
加害者の佳乃という女性に、はじめは同情できませんでした。
悲劇の原因は、彼女自身がもたらしたものも大きかったし、彼女の日ごろの行いは読んでいて気持ちのいいものではなかったから。
でも、だからといってこれからの人生を他者に奪われてしまっていいはずもなく、死者への冒涜という言葉があるけれど、その後の佳乃に対する報道や無責任な中傷、増尾たちの言動によって、侮蔑され軽んじられるたびに、心苦しくなりました。
何より、彼女の両親は、娘の死を悲しむのみならず、周囲からの嫌がらせにも傷を深めることとなり、その苦しみを思うと悲しくて仕方なかったです。
娘を思い、増尾への憤りを募らせる佳男の気持ちに、一緒になって悔し涙を流しました。

実際の事件でもこのような二次被害がきっとあるのだろうと思い、被害者の側が何故、とその理不尽さを歯痒く思いました。
でも、私が普段のようにこの報道を見聞きするだけだったら、自ら蒔いた種だと思うだけで、彼女の尊厳や、両親のことへ思いを馳せることがあるだろうかとも思うのです。
一方向から与えられた情報は、人に偏った印象と感情をもたらすのだと改めて気付かされます。
そして、ふと思うわけです。
人は何を知って、何を知らぬまま、何に重きを置いて、善悪を判断しているのだろうと。

それは、加害者の祐一に対しても感じました。
祐一は、人との距離をうまく取れず、また言葉が足りずに行動を起こすので理解しづらいところもあるけれど、その暮らしぶりを知れば、優しい心を持った青年に思えます。
母親に金をせびっていた祐一の行動の意味と呼応して、祐一が物語の最後にとった行動の意味を思うと、その思いに心が震えました。
それでも、もし実際の事件であれば、そのことを知らないままに、彼を罪を犯した人=悪人だと捉えたでしょう。

一時の激情は、誰にでも起き得るものだろうし、そこで手が出るか出ないか、その行為が犯罪につながるかどうかが大きな分岐点とも言えます。
増尾のような良心の欠けたどうにも許しがたい人間でも、佳乃を直接死に至らしめたわけではないから、ここでは罪に問われていない。
祐一は踏み止まれず、殺めてしまった。
忘れてはならないのは、彼のしでかした取り返しのつかないことにより、佳乃がこれからの人生を無理矢理奪われ、佳乃の家族が一生癒えることのない傷を受け、祐一の家族や身内も否応なしにその業を背負わされたということ。
祐一の罪を擁護する気はないけれど、彼の人となりと事件のいきさつを知れば、心はどうしても複雑に揺らめくのです。

途中から登場する光代は、祐一と同じく寂しさを抱えて生きていました。
だからこそ二人はあんなにも分かり合え、寂しさを埋め合えたのだろうか。
彼女の登場により、物語は違った方向へ展開します。
祐一と光代の逃亡劇をどこか見守るような気持ちが芽生え、もっと早くに二人が出会っていたなら、と何度も思いました。
光代の気持ちは、少しだけ分かるような気がするから。
けれど、光代のとった行動は、彼のことよりも自分の感情を優先した行動にも思えて、純愛とは何なのかと分からなくなってくる。
そして、祐一が彼女を思ってした行動のために、さらに重い罪を背負うことになったことが、やり切れないのです。
これまでの人生よりも、「ここでの一日を選ぶ」と言っていた二人が出会ったことは、はたして本当に幸せなことだったのか。

一気に読みながらも、なんだかいろいろなことを感じ、涙を流し、消耗しました。
オレンジのスカーフや、しばらく店に出ていなかった里子の話など、一見、それほど大事でもなさそうな端々のエピソードが、最後に生きてくるところが秀逸です。
傷つき、弱い立場として描かれた人たちが、勇気をふりしぼる姿、前を向いて進もうとする姿に光が見え、少しだけ心が楽になりました。
や行その他 | Comments(0) | Trackback(1)
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