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2009/11/05

「ブラフマンの埋葬」 小川洋子

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)
(2007/04/13)
小川 洋子

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★★★☆

ある出版社の社長の遺言によって、あらゆる種類の創作活動に励む芸術家に仕事場を提供している“創作者の家”。その家の世話をする僕の元にブラフマンはやってきた―。サンスクリット語で「謎」を意味する名前を与えられた、愛すべき生き物と触れ合い、見守りつづけたひと夏の物語。第32回泉鏡花賞受賞作。
「BOOK」データベースより



小川洋子さんの描く、独特の空気感が好きです。

おそらくどこか外国の片田舎が舞台となり、その森の近くにある「創作者の家」を管理・世話している「僕」が語る物語。
その村は、しっとりと静かで、寂しく閉ざされ、孤独と死の臭いを感じるような気がします。
碑文彫刻、石棺、埋葬人、ラベンダーの箱、古代墓地。
そんな言葉が印象的な、ひんやりと湿った、静かな村。
創作者の家というのは、芸術家のために無償で提供している作業用ペンションのようなもの。
そこを訪れる芸術家たちは、滞在の長短、常連か一見か、1人であるいは誰かを連れて来るか等、様々。
ただ、碑文彫刻師1人をのぞいて、いずれは去っていく存在です。
「僕」は、彼ら芸術家と一定の距離を保ち、邪魔をしないことを心がけます。

芸術家たちの手が苦悩している間、僕はガスレンジを磨いている。車庫のペンキを塗り替えている。落ち葉を集めて燃やしている。僕の手は何も創り出さない。


管理人としてずっと居続ける「僕」が、どのような背景を持つ人物なのか、それまでの生い立ちも、本人の家族の話も、何も語られていないので分かりません。
縁もゆかりもない家族写真を骨董市で購入し、部屋に飾る「僕」。
そこに写っている家族の全員が、おそらく死んでいるだろう古い写真です。
直接書かれなくとも、彼が持つ深い孤独と寂しさを感じてしまいます。

ひっそりと続く静かな毎日に、闖入者が突如現れるところから、この物語は始まります。
傷ついているところを保護し、「ブラフマン」と名付けた小動物。
ブラフマンが何の動物かの記載は一切ありません。
私のイメージではアライグマ(ラスカル的な 笑)なのですが、イタチやカワウソの類なのか、そもそも実在する動物なのかも不明。
あれこれ想像するのも楽しいけれど、謎を意味する「ブラフマン」と名付けられたその生き物の正体は、大きな問題ではないのかもしれません。

愛らしく自由奔放に振る舞うこの動物の世話を続けるうち、ブラフマンが「僕」にとってかけがえのない存在になっていきます。
「僕」の生活に色と温度をもたらし、癒し、心にも温もりを与えたのです。
「僕」が自分の意思で積極的に関わり、庇護できる対象。
いつでもそばにいて、温もりを感じられる相手。
自分のペースをかき乱してしまうほどの存在感。
淡々とした記述の中に、彼がどれほどブラフマンを可愛がり慈しんだのかが伝わってきます。
芸術家たちの邪魔にならないよう、人との深い関わりを持たずに生きてきた「僕」の生活のなかで、初めての存在だったでしょう。
そのことが、ひょっとしたら、他人に自分から関わろうとする気持ちを強くしたのかも。
気になる雑貨屋の「娘」への積極性も、そこから生まれたような気がするのです。
それゆえに、あのような結末が起きてしまうのですが…

題名の通り、読む側はこの物語の行き着く先を容易に想像できるのだけど、それゆえに深い愛情を注ぐ「僕」に対し、結末の悲しみを始めから感じながら読み進みました。
それにしても、この終止符があまりに唐突で。
「僕」の直接的な感情の記述がなくて、余計に心に迫りました。

このお話は「僕」の視点から書かれたものであり、野生動物のブラフマン自身にとっての幸せについてを考えてしまえば、とてもひどい話とも言えるかもしれません。
でも、リアリティの世界から逸脱して感じられるためか、この優しく残酷な物語は、私の心を言いようのない悲しい安らかさで満たしたのでした。
小川洋子 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
この本、前々から読みたかったんですよ。
今度、読みたいと思います
>小川洋子っ子さん
コメントありがとうございます。
不思議と心に残る話でした。

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