「お月さん」 桐江キミコ 

お月さんお月さん
(2007/02/16)
桐江 キミコ

商品詳細を見る

★★★☆☆

「(前略)ミスター・ヒラは、これまで息をひそめて、MUSTとSHOULDの数珠つなぎの日々を、黙々と一日ずつこなしながら、堅実に人生を消耗してきた。味も素っ気もない平べったい毎日は、始まりと同じ終わりへと連なって消えていった。」
(「アメリカン・ダイナー」より抜粋)
デビュー作とのことですが、こんな美しい文がさらりと書かれているあたり、文章をとても書き慣れている印象を受けました。

周囲から疎んじられ、溶け込めず、社会とうまく折り合いをつけられない人たちが登場し、彼らとその周囲とが織り成す、12の短い物語です。
読後感は悪くないものが多いけれど、ちくりと刺さる痛み、ざらりと残る感触、ふわっとかすめるなつかしさ、そんなものがない交ぜになって、心がざわめきました。
この粟立つ思いはなんだろうと突き詰めて考えると、無意識に引いてしまう境界線の、どちら側に自分がいるのか、その立ち位置を意識していることに改めて気付かされる痛みが多くを占めています。
優越感や上から目線、もしくは劣等感や僻みを自分の心に抱えていることを、まざまざと思い知らされるのです。
このお話の中には、もう少し努力すればいいのにと思う人もいれば、出自や外見や所作という自分ではどうしようもないことによる周囲との隔たりで弾かれる人もいるから、身につまされます。

「お月さん」「金平糖のダンス」「キツネノカミソリ」「クリームソーダ」は何かの拍子にふっと思い出す記憶の断片。
何気なく通り過ぎてきたであろうその思い出を追体験して、後ろめたさと哀しみと愛おしさを感じます。
「薔薇の咲く家」「葬式まんじゅう」「寒天くらげ」は、生まれ育ちによる抗えない格差を意識してしまう話。
その環境の中で生きていくそれぞれの生き様に、心が揺さぶられます。

続きを読む

「神様のパズル」 機本伸司 

神様のパズル神様のパズル
(2002/11)
機本 伸司

商品詳細を見る

★★★☆☆

卒業ゼミに素粒子物理学研究室を選択した留年寸前の僕が担当教授から命じられたのは、不登校の女子学生・穂瑞沙羅華をゼミに参加させるようにとの無理難題。なにしろ穂瑞ときたら、精子バンクを利用して生まれた天才児で、建設中の巨大加速器「むげん」の発案者でありながら、その天才さゆえに大学側も持て余し気味という問題児なのだから。案の定、僕を鼻であしらう穂瑞だったが、一人の老聴講生・橋詰さんの発した究極の疑問「宇宙を作ることはできるのか?」をぶつけてみたところ、なんとそれを討論テーマとしてゼミに現れたのだ! 僕は穂瑞と同じチームで、宇宙が作れることを立証しなければならないことになるのだが……。「宇宙の作り方」という壮大なテーマを、みずみずしく軽やかに描き切った大型SF!
角川春樹事務所HPより


またもや時間がなくて雑感のみです。

映画化されたということで、気になって借りてきたのですが。
この本を読み終えるのにどれだけ時間がかかったんだろう、というほど読み進まないお話でした。
お話がおもしろくなかったとか、退屈だったとかではなく「物理」がまったく分からなかったからなんです(泣)
ひっきりなしに出てくる専門用語と、論理や説明がさっぱり分からず、まず拒否反応。
慣れるまでにかなりの時間を要してしまいました。
完全に文系の私は、物理には中学の授業以来まったく関わりなく生きてきたので、一般常識的なことですら、知らないか、忘れてるかです。
お話は、綿貫という大学生が日記を書いている体裁で話が進んでいくので、劣等生の彼が分かる範囲内で説明されるのですが、私は彼のレベルにも到底およびませんので…。

でも、どうにかこうにか、読み飛ばしせずに文字を目で追い、最後まで読めてよかった。
ちょっと唐突で強引な終わり方のような気もしましたが、すっきりしました。
綿貫は、いい卒論が書けましたね。

ただ、しばらく物理用語は見たくありません(笑)

「万寿子さんの庭」 黒野伸一 

万寿子さんの庭万寿子さんの庭
(2007/03/30)
黒野 伸一

商品詳細を見る

★★★★☆

図書館で何気なく手に取ったこの本。
装丁の絵が鮮やかできれいだったのと、1ページ目を読んでみて読みやすそうだったので借りてきました。
当たりでした。

社会人になり一人暮らしを始めた二十歳の京子は、右目に斜視があることにコンプレックスを持っていた。
京子が引越したアパートの隣の一軒家に住んでいる、七十過ぎの万寿子(ますこ)さんは、近所付き合いをすることもなく一人で暮らしていた。
寡黙でひきこもりの老女と周囲に思われていた万寿子さんに、なぜかちょっかいをだされる京子。
はじめは、嫌がらせして喜ぶ老女とそれに困惑し怒る主人公の関係だったのが、徐々に打ち解けていき、二人の間には世代をこえた友情が生まれます。

以下ネタバレ箇所があります。

続きを読む

「サクリファイス」 近藤史恵 

サクリファイスサクリファイス
(2007/08)
近藤 史恵

商品詳細を見る

★★★☆☆

自転車ロードレースを題材にしたお話。
競技の知識はまったくなく読み始めました。

個人競技なのだけれど、所属チームから優勝者を出すために、エースと、エースをサポートするアシストが存在するという、実質は団体競技に近いロードレース。
アシストは、競技に参加しながらも風よけや他チームの牽制を率先して行い、自チームのエースを勝たせるために献身的に働きます。
エースの自転車に不具合が生じれば、アシストが競技を中断して助け、ときには自らのタイヤを差し出すこともあるそうです。
けれど、勝利を勝ち取るのはあくまで個人で、そこにアシストの名前は出ません。

主人公の白石誓は、自分が勝つためでなく、誰かを勝たせるために走るというアシストの役割に魅力を感じ、有望視されていた陸上から自転車競技に転向し、チーム・オッジに入ります。
不動のエース石尾をサポートする、6人のアシストのひとりに選ばれた新人の誓は、日本で行われるレースに出場することになります。
いろいろな状況が重なり、誓はそのレースでいい成績を収めることに。

アシストに徹したい誓に次代のエース候補としての注目が集まるなか、ある噂を耳にします。
エース石尾は自分以外のエースを認めず、ライバルを潰す。それにより、怪我で下半身不随になった元チームメイトがいる、と。

続きを読む

「犬と私の10の約束」 川口晴 

犬と私の10の約束犬と私の10の約束
(2007/07/28)
川口 晴

商品詳細を見る

★★★☆☆

話題になっているこの本ですが、フィクションのお話だと思っていませんでした。
図書館で小説の新刊コーナーに置いてあったのを見つけて、小説?と思い、借りてきました。
人気の本がすぐ借りられること自体めずらしいので、きっと入荷したばかりだったんでしょうね。

「あかり。犬を飼うときはね、犬と10の約束をしないといけないのよ」
母に言われ、犬のソックスと約束を交わした中学生のあかり。
家に一人きりでいることの多いあかりにとって、ソックスはなくてはならないとても大切な存在でした。
でも、年月が流れ、あかりに他に夢中になることができたとき、ソックスとの約束を守ることができるのか・・・というお話です。

「犬の十戒」というのは、どこかで見た記憶があるのですが、この話を読んでそれが胸に迫ってきました。
わが身を振り返るポイントで振り返り、泣けるポイントでうまく泣かされ、まんまと作意にはまってしまった感があります(笑)

著者の川口晴さんは映画プロデューサーで脚本家とのことで、「クイール」や「子ぎつねヘレン」などを手がけてらっしゃる方だそうです。
残念ながら、私は川口さんの関わっている映画を観ていないのですが(苦笑)
この「犬と私の10の約束」も映画化されるようですね。
うがった見方をすれば、映画化を見越して書かれたのではないかと思うようなお話でもありました。

お話自体に目新しさはないのですが、その分テーマがはっきりしていて、ストーリーが非常に分かりやすく、きちんとポイントが押さえられています。
だからこそ、自分に置き換えて考える余地があって、犬だけでなく飼う生き物に対して多くの人が感じる罪悪感や後悔、改めての愛情を強く刺激されます。
涙が出ました。
その涙が、ストーリーによるものと、引き起こされた自分自身の経験と、ないまぜになっているのは言うまでもありません。
このお話でいう、9番目の約束にドキッとします。
私は犬は飼ったことがなくて、将来飼おうと思っていましたが、軽はずみな気持ちでは飼えないなと改めて思いました。
当たり前のことですけど。

小説で読むより、映画で観たかった気がします。(しつこいですね 笑)